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幼少期【自分史 その1】

昨夜眠るのが遅かったので、寝坊しました。
買い物はうつ夫が行ってくれました。その間、私は洗濯やら昼ごはんの用意したり。
今日は晴れていたので、気分は良かったですね。

さて、適応障害は性格を変えないと完治はしない!?
なーんて思っているので、自分の歩みを幼少の頃から、振り返ってみたいと思います。

まず、幼少期から。

私は健康な両親の一人娘として、東京に生まれました。
父と母は共働きだったため、0歳の時から保育園に行っていたそうです。
保育園では明るく元気な子でしたし、トラウマのような事はありませんでした。

父と母からは愛情をいっぱい受け、しいて言えば一人っ子のため、
少々甘やかされた所もあったかもしれませんが、客観的にみれば世間一般的にいたってフツーです。

そして、フツーに小学校にあがるのですが、別に大したことないんですが、ちょっと思い出したことがありました。

当時、学校が終わると私は学童クラブに行ってました。

保育園の時は母親が迎えに来てくれて、一緒に帰えっていたのですが、学童クラブでは夕方6時になると集団下校をするんですね。6時に集団下校して家に帰ると、父と母はまだ帰宅していない場合が多々あるのです。

小学校にあがったばかりの頃は、これに慣れなかった記憶があります。

学童クラブの友達と遊んでいても、夕方5時ぐらいになると「今日、家に帰った時にお母さんがいなかったら、どうしよう」と思いはじめて、鬼ごっこ中なぜか涙目になってしまう。。。

これが、「~たら、どうしよう」という念に囚われた、最初の予期不安体験だったかなと思います。

結局、一緒に下校していた友達と母親が帰ってくる時間まで、公園で遊んだりしていたんです。
友達も私の我ままに付き合ってくれてたんでしょうね。

暗い公園で、ブランコをこぎながら、
「さびしかったら、テレビつけてさ、観てればいいじゃん!」
などと、励ましてくれたりしたのをよく覚えています。

その後は、友達のアドバイス通り帰宅するとテレビを付けて観ることに。
一度慣れてしまえば、さびしかった事はすっかり忘れて、カギっ子生活満喫です。

テレビを一人で独占。「夕やけニャンニャン」「毎度おさわがせします」「うちの子にかぎって」「ルパン3世」などなど。
面白いな~と楽しみに観るようになりました。

おかげで不安は消え、立派なテレビっ子へと育つ事になりましとさw


★自分へのヒント
「~たら、どうしよう」という予期不安の克服のし方

→先のことを考えず、今を楽しむ。(今できることをただやる。)
→気分転換して、気を紛らわす。
→あれこれ考えても、その後100%近く不安は消える。

テーマ : 適応障害
ジャンル : 心と身体

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ハナハナ

Author:ハナハナ
うつ病の夫を持つ妻です。
現在、私は適応障害で通院しながら、働いてます。

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